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2006年12月

2006年12月31日 (日)

「閉」

まもなく2006年から2007年の扉を開くところです。

今年は私にとって大きく飛躍にむけての準備の年でもありました。
多くの皆様のご支援の下、今日に至っているところです。
心より感謝とお礼を申し上げます。

2006年を振り返りますと、私にとっては感動の年でもありました。
野球のWBCや高校野球、あるいはオリンピックなど名場面を目に焼きつけ、隣の人と共通した意識、感動を覚えたところです。

さて、明日からの2007年は決戦の年でもあります。
私も決意もあらたにこの様々な難問に果敢に取り組んで参ります。
来年も私自身からも多くの感動が皆様に届けられるような、そのような活動をして参りたいと思います。
これまで以上に皆様のご支援をいただけますよう心よりお願い申し上げます。

来年が皆様にとりまして、最良の年になりますようお祈り申し上げます。

2006年12月29日 (金)

「食」

いよいよ年の瀬の間際となってきました。
お正月を迎える準備はいかがでしょうか?
私はまだまだです。

さて、新聞によると28日米食品医薬局(FDA)は「クローン食品の安全宣言」を発表ひたとのことです。体細胞クローン技術で生まれた牛から採った牛乳、同様の牛・豚から生まれた子の肉などが来年以降時期は未定のようですが、米国市場に出回ることになりそうですね。
米科学アカデミーの専門委員会が8月、「クローン食品の安全性に問題はない」との見解を発表しています。これを受けてのFDAの安全宣言となったところです。ホワイトハウスがFDAの判断を支持すれば、来年には牛乳と子牛の肉が、04~05年ごろに子豚の肉が出荷される見込みのようです。

これらクローン食品は現在、FDAの非公式要請によって、米国内の畜産農家や関係企業が出荷を見合わせています。

いまのところ、体細胞クローンの畜産品を認めている国はありません。日本の農林水産省は8月、牛については安全性を示す実験結果を発表しています。厚生労働省がこの結果と独自調査をもとに安全性の最終判断を下せば、日本でもクローン食品が出回る可能性もありますね。

すでに、私たちの食卓には遺伝子組み換え作物が並んでいます。この遺伝子組み換え作物の安全性についてですが、現在生産されている遺伝子組み換え食物には、大豆、とうもろこし、じゃがいもなどがあり、その全てについて安全性が確認されています。しかし、遺伝子組み換え食物の開発段階で実験に使用されたラットが死亡するなどの事故も発生しており、安全性を不安視する声も多く挙がっています。
一方、遺伝子組み換え作物には生産コストが低く抑えられるという利点もあります。
遺伝子組み換えは、食糧難という地球規模の問題を解決する手段として期待されています。

今後も、食料として様々な物が私たちの周りに存在していくことになるでしょう。重要なのは、それらの情報が不足しているということであり、それが不信感を高める原因になっていると考えます。問題の解決には、やはり情報が不可欠であり、関係機関が分かりやすい情報を消費者に伝えることが必要でしょう。

私たちが住むこの北海道で生産される食料こそ、食料生産履歴(トレーサビリティ)はじめ生産にかかる情報の公開を明確にしていくことこそが、信頼となることは、あらためて言うまでもありません。

2006年12月28日 (木)

「清」

毎夜、雪が舞っています。
先日、車がスピンしてしまい少々傷がついてしまいました。
皆さんもお気をつけてください。

さて、この年末に政治とお金の話題がまた上っています。
行政会改革を担当する大臣の過去の資金ではありますが、政治資金収支報告書の虚偽記載とその資金の流用が問題となっています。金額にしても、7,800万年に上りまたそれ以上の疑惑もあるようです。

経験からも地元等の事務所の維持管理以外に特に人件費がかかるのは皆さんもご存知の通りです。政治資金パーティーはじめXマスや新年会、ビールパーティなど年間に様々な催しによる資金の調達、あるいは企業や団体・個人からの寄付や政党所属の方は政党からの交付金もあるかと思います。この収入に対して支出はいわゆる事務所経費と人件費に消えていうことになります。
しかし、近時では景気低迷の折その調達は厳しいのでしょう。
加えて、地方議会における政務調査費はじめ不正使用の実態が詳らかに明らかになっているところです。
また、厳しい地方財政の中での議員の歳費そのものもどうなのか、という議論も当然にあります。

国政はやや趣がことなりますが、これからの地方議員の理想は歳費だけで言えば、議会や委員会等その機能した日毎の日当及び実費の清算でいいのではないかと、個人的には思っております。

これからはうわべだけでなく一層清貧さを求められる職業の一つともとれるこの議員、誰もがやれる、やりたい職業であっていいと思いますが、誰でもいいということにもなりません。

今こそ、間違いの無い選択が必要と思います。

2006年12月26日 (火)

「健」

皆さん、如何お過ごしでしょうか?
いよいよ2006年(平成18年)も幕を閉じようとしていますね。
どうか、皆さんには健やかな平成19年をお迎え下さい。

さて、この週初め遠方へと年末のご挨拶廻りのため出張致しておりました。
最近はcafeを利用されているお客様の顔ぶれといいますか、年齢層や男女など様々です。中でも、割と年齢層の高い女性の方々の語らいの場としての利用が多いように感じました。
たまたま、昼食の時間が取れず訪問時間の合間に入ったcafeでのことです。やはりたまたま隣に居合わせた中年よりややお歳を召した女性二人の会話が耳に入ってきました。
特に、「聞く」というよりFMラジオの如く「耳に入ってきた」というような感じでしょうか。

その話題は、
まず、日常の生活の話題や天候など一般的な時事問題など多岐に亘っておりますが、その内「仕事」をテーマにした話題には景気動向も交えながら自身の仕事のこと、子弟のの仕事のこと、あるいは食べることにしても毎晩の晩酌にしても働いているからこそ美味しく感じるという働くことの重要さが熱く語られ、一瞬お茶をすするのに静けさが広がります。

この時、あぁこれでお帰りになるのかな と勝手に私は思っていたのですが、お茶のすする音が消え再びの静けさの後、一人の女性のついた言葉が「眠れない」。

その話題になるや「健康」についてのお話がとめどなく続き、特に最近の医師不足の問題については本当に危機感をもっているようです。一人が結構詳しく「医師の研修医制度」が始まって以来の医師不足など、説明がなされていました。

健やかな生活を毎日送るという、普通のことが最近では徐々にではありますが難しくなってきています。特に、病気になっていなくても予防医学の分野など私たちの生活は医療と切り離しては出来ないものと思います。

この医師確保に関しては、東京都でのメディカルスクール構想や全国知事会においての厚労省への要望や自民党においてもその対策につき新年度予算に織り込んでいるところです。また、医師派遣事業などが注目されています。
何れにしても地域医療の格差の実情もしっかり踏まえた対策を期待するところです。

2006年12月22日 (金)

「育」

クリスマスも間近になり、また「もう、いくつ寝るとお正月・・・」という歌が聞こえる時期になりました。

私は、相変わらず忘年会三昧というところでしょうか。

本当にメタボが気になります。

さて、先日地元ではないのですが知人のご子息に話です。

例の「高校単位不足」により冬休み返上での補習に励むということです。

「励む」というと本来は受験を控え受験のためにラストスパートに「励み」たいところでしょう。

この単位不足問題、当時は様々な問題が指摘されていましたが、文科省の方針が打ち出され一応の決着がついているものと思います。しかし、この根本にはやはり格差の表れ、教分野での過度な競争原理の投影なのかもしれません。

今年の春頃の新聞紙上で、大手の民間企業では入社後しばらくは成果主義を導入せず、基礎をしっかり成し、その後競争原理を導入する企業が増えているとのことです。正しく時代の求めに応じた臨機な対応であり、民間企業だからこそとも思います。

私の取り組みの中に「食」と言うものがあります。

ある衆院議員が自分で考案した造語などと言っているようですが、これは以前からある言葉と認識しています。最近ではすっかり定着した言葉と思います。

この「食」ですが、私は四季にあったそれぞれの季節の食物をしっかり摂取することが基本と思います。今や食卓には季節感がないのですが、冬には体を温める冬野菜や夏には体をなるべく冷やすような夏野菜など、人の生活と季節の移り変わりは日本では特に関わりがあるように感じます。

政府は、国民が健全な心身を培い、豊かな人間性をはぐくむため、食に関する施策を総合的かつ計画的に推進すること等を目的とした「食育基本法」が平成17715日施行されました。食育基本法の中で、主なものを挙げると次のとおりです。

「食」を大切にする心の欠如、栄養バランスの偏った食事や不規則な食事の増加、肥満や生活習慣病(糖尿病など)の増加、過度の痩身志向、「食」の安全上の問題の発生、「食」の海外への依存、伝統ある食文化の喪失


このような状況は、私たち個人の問題というだけでなく、国家として取り組まなければならない問題であると考えます。

しかし、私たちは常日頃より様々なものを「」み、「」まれているのですね。

2006年12月20日 (水)

「輪」

Dscn0134 去る19日に「はばたくりゅうの会」の発会を兼ねた忘年会を開催頂きました。師走の大変気忙しいこの時期に、多くの青年を中心としたこの会の発会には、私自身のこれからの歩みの中で大きな勇気につながるものであり、かつ様々な意見交換の場、異業種交流の場にもあることを望むところでもあります。
ここでは、私の今後取り組みたい政治課題(基本テーマの医食住)や自己のこれまでの歩みついて触れさせて頂きました。
多少話の時間が長くなってしまった感がありますが・・・。

ものの本によれば、言葉から伝わるのは、全体の7%。
私の話はどれくらい伝わったでしょう。

ご参加の皆様、準備にあたって頂きました皆様、あるいは祝電等を頂戴致しました皆様には、心より感謝とお礼を申し上げます。

Dscn0138_2 「輪」とは、辞書的には、
①円の輪郭。円形。また、それに近い形。
②細くて長い糸・テープなどの両端を結んだもの。必ずしも円に近くなくてもいう。
とのこと。

あらたに出発したこの会も、決して極太で真丸な会ではかもしれません。しかし、細くて様々な形に描きながらも決してその「輪」の形が崩れない、そういいた会になるものと私は強く感じた発会の場面でありました。

Dscn0139

2006年12月18日 (月)

「差」

先日レッドソックス入団が交渉時間切れギリギリに決まった松坂投手がニューズウィークの「2007年ー次は誰だ」のテーマでの特集20人の一人に選ばれたということです。なんと「一億ドルの男」と紹介され、活躍が期待されているのですが、同じ日本人としても他に海外で活躍する様々な分野の選手同様にうれしい限りです。

これも、松坂投手初め各選手の日ごろの並々ならぬ努力があり、加えて才能や環境が整っているからこその賜物であるとも思います。

さて、日本の国内に目を転じてみますとどうにも様々な格差が拡大しており、これは単なる努力だけではそうは解消されない状況にあるようです。この格差は、教育機会や結婚にも影響を与えています。

例えば、成果主義が一般化してきている今日、それが行き過ぎることにより将来に希望が持てないと意識する人が増えつつあり、更には正社員と非正社員という雇用形態による所得格差もあります。リクルートワークス研究所の04年7月の調査によると、正社員の平均年収は532万円、派遣社員は227万円、定職に就かないフリーターは167万円。派遣社員やフリーターが増えてきたことも格差拡大につながっているようです。

あるいは、その影響は結婚にも表れています。大学を卒業して1年後に正社員だった男性は10年後に71%が結婚しているのに対し、フリーターは35%しか結婚していない。背景には、フリーター期間の長期化による現在や将来の経済的不安があるようです。女性が相手の男性に自分と同等かそれ以上の学歴を求めることや、自分より高収入の男性を希望することで、結婚する男女も階層化が進んでいます。

国における対策としても、政府は3月に再チャレンジ推進会議を設置し、フリーターや事業に失敗した人たちの支援策を検討しています。5月30日に中間報告をまとめましたが、いわゆる勝ち組、負け組を固定化させない社会を目指し、若者の就業や女性の再就職などの数値目標を示しました。

しかし、この格差は所得格差にとどまるのではなく、地域や社会そのものの格差といった奥深いすぐには埋まらない状況になっており、この状態が固定化することは一層深刻な問題を引き起こすものと思われます。

今こそ、郷土つくりとしての一つとしても国だけに依存するのではなく地域における取り組みも考える必要があるでしょう。

2006年12月15日 (金)

講演出席

今日15日、元内閣官房長官の福田康夫衆院議員による自民党北海道第7選挙支部のセミナーが、根室会場に続き釧路においても開催され、私も選に漏れず出席をしたところです。

福田先生には、11年ぶりの来釧となったとのことです。その当時に比べ地域のインフラの整備が大きく進んだという印象、また政局では正しく本日成立するであろう教育基本法改正にかかる動きとしての内閣不信任案の提出など緊迫した中央情勢のお話しの後、日露情勢の変化について、「ロシアの今日の経済力を念頭に北方4島の一括返還につき、妥協しない交渉」が一層必要との見解を示されたました。

大変意義深い講演ではありましたが、思っていたより少々淡白な内容であったかなとも・・・・。私だけでしょうか。

2006年12月14日 (木)

「心」

皆さんにはいかがお過ごしですか?

私は、やはり時節柄というか忘年会に夜な夜な出没してます。健康には色々配慮しておりますが、やはり飲みすぎというより食べすぎでしょうか。すこぶる体重がきになるところです。メタボ・・・などという言葉がありますが、要注意ですね。

それと、飲酒運転はくれぐれもないように。

さて、今日は「心」、特に郷土や国を思う「心」について考えてみます。

今日12月14日は、遡る事元禄15年12月14日の晩(今の時刻では15日の午前4時頃ですが、当時は明け方から1日が始まる感覚があったので14日深夜と考えるようです)、赤穂浪士47名が吉良上野介邸に押し入り、上野介を殺害して主君の仇を討ちました。
この事件は『忠臣蔵』という名前で語り継がれています。
このことは、主君に対する「忠誠心」やある意味「愛国心」と言うことの表れなのでしょうか。

今日の新聞記事に米陸軍日系人将校のイラク派遣拒否という掲載がありました。理由は、イラク戦争は違法行為だからだとのことです。
この行動を日系退役軍人は、「不名誉」・「面汚し」と非難し、従軍で愛国心を証明し米国に住む権利を得たと語る。

一方、若い日系人の間では、良心に基づく拒否を貫く中尉に対し「勇気ある行動」と同情的であるようです。

「愛国・忠誠心」は世代により受け止めや捉え方が大きく異なるということの表れと思います。

ところで、この会期末にも採決され教育基本法改正が成立する見込みです。1947年制定された教育基本法は、今日社会環境や国際環境がその当時と大きく異なり、教育の質の向上が求められるものと思います。
政府案は、第1章「教育の目的及び理念」という本文の「教育の目標」を掲げた第2条第5項において「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」となっています。正しく「愛国心」に関わることと思います。

以前、WBCやサッカーワールドカップなど、多くの皆さんは日の丸のナショナルフラッグを応援した方が多いと思います。野球にあまり関心の低い私でもあの沸き立つ感情はなんだったのかと、今振り返るとある意味での「愛国心」の表れなのかと思います。

この「愛国心」=「ナショナリズム」⇒「軍国主義」という考えもあるようですが、様々な角度からこの「愛国心」について考えてこの国が誤った方向に行かないよう、今後の教育議論を見守る必要があると思います。

2006年12月13日 (水)

お知らせ

お知らせ

私、「笠井」を囲んでの青年の皆さんの忘年会を予定致しております。

私にとっては、言葉による初めての情報発信の場になり、今から少々糸がピンっと張り詰める思いでおります。

12月19日(火) 19:00~ 釧路プリンスホテルにて。

懇談のひと時楽しみに致しております。

 

2006年12月12日 (火)

「命」

今年の漢字が京都・清水寺で発表されました。

「命」

自殺やいじめなど消え行く命、天皇家の男子誕生などのあらたなる命。

特に今年は子供に関わるいじめによる自殺や親が子を虐待死させ子が親を殺す、あるいは飲酒運転による交通事故など、にわかに信じがたい目を背けたくなるようなことが起こっています。まるで、滅び行く民族が如く・・・。

また、助かる命の議論も色々あります。臓器移植に関することでありますが、近時の臓器売買に至った事例は多くの問題を露呈したのではないでしょうか。様々な事情(病気)により移植を待っている方にとっては、一刻も早い臓器提供を望んでいるでしょう。しかし、親子・兄弟など以外からの死亡者からの臓器提供については登録はあるものの実際の提供に至っては、たとえば腎移植などは年間150例しかすぎないのであります。献臓器の国民的な理解と協力が必要でしょう。

さて、命の尊さについては、よく「命は地球より重い」などいうことが慣用句として言われますが、生命誕生の歴史を紐解くと遺伝子的には約38億年前より今日に至るまで一度も途切れることなく脈々と続いており、その一部に人類として私たちが存在しているのです。

ヒトの細胞は約60兆なんだそうです。気が遠くなりますね。そこには様々な情報が詰め込まれており、そして約300種類の細胞が臓器・器官を構成し、機能してるのです。

こう考えみますと、生命誕生とは一個の受精卵からヒトの赤ちゃんになるまでの約38週間に約38億年分の遺伝子的な生物の進化を遂げ、約60兆個の細胞の赤ちゃんになるわけです。とてつもないことであり、よりその尊さが感じられるのは私だけでしょうか。

この約38億年前からの生物学的遺伝子情報を持っているヒトである私たちは、その命の大切さを今一度認識し、眠っている多くの遺伝子情報を呼び起こし、一層の可能性を見出せると考えます。

2006年12月11日 (月)

「医・食・住」

皆さん、寒さが一段と厳しくなって参りましたね。私は、路面の感触(路面状況)にまだ慣れないせいか、今のところは非常にスローな運転に徹しています。といいますのは、以前同僚を助手席に乗せた(彼は爆睡中)まま、側溝に転落したことがあり、あわや川底へ・・・ということがあって以来のトラウマになっているのかもしれません。

私は今夕もツルツルの道路状況の中、厚生労働副大臣の武見敬三参議院議員(よくTVでも見かけますね)の「医療制度改革の光と陰」というテーマの講演があり、私の日ごろの関心事項でもある「医療制度」に関わることでもあるので、私はじめ仲間の数名と共に参加をさせて頂きました。予算編成や国会会期末ということもあり講師の時間的制約があり非常に短時間での運びとなったところです。講演の内容の概要として要は様々な医療・福祉にかかる政策や予算の獲得、あるいは成立した法案の修正など、これらを実際に実現し・実行しうるのはこれからも政権担当している自民党であり、また分権が進むにつれてそれぞれの地方自治体における政権党の自民党所属の地方議員の存在が重要であるということを、現在所管である医療政策や福祉政策の具体的取り組みと併せて強く強調されていたとことです。私が思っていた内容とやや趣がころなるものの資料が多分にあるので、個別の政策の中身についてはその資料をよく見てからにしたいと思います。

さて、表題にある「医・食・住」というこの三要素については、以前から思っていることがります。地域の生き残り、つまり差別化を図る上で特色ある街づくりが求められます。我が街釧路はじめ根室も視野に入れるならば、国立公園や世界遺産に登録されている知床半島有するこの地域こそと言えるものとは、正しくこの環境を活かしていくことと私も多くの方同様に思います。

では、どのように活かしていくか。自然の中に身を置いたりや野生生物とのちょっとでも触れあったりしたことがある方は既にお気づきでしょうが、ナチュラル セラピー(治療、治療効果)を大いに期待できるところです。

このことを前提に、

①「医」の分野では、既に発案している方もいるかと思いますが、地域医療との連携による歯科診療も含めた人間ドッグツアーなどというものは、大いにかのうであろうと思います。

②「食」の分野では、①にリンクさせてあえて言えば、既に東京にはお目見えしているドクターズレストランなるものでしょうか。レストランと言わなくても、ケータリング(宅配)では実用化されています美味しい低カロリー食事のことです。今日糖尿病ではなくても、その予備軍たる存在は国民医療費の増加につながるだけではなく、ひいては今の国の皆保険制度(国保など、少ない支払いで最高のサービスを受けている)の存続にも大きくかかわるところです。身近では、メタボリックなどという言葉があり、多少お腹の周りが気になる方もあるかと思いますが、日本人の食生活そのものを変えることはなかなか出来ないし、やっぱり美味しい食事をしたいと思うのは人間の常です。では、味や食材を変えずにカロリーだけを低くするということが可能になった今日、医食同源あるいは予防医学とも言うべきこのドクターや栄養士さんとの連携により、更に言えば地元の食材を利用したメニューの考案は可能だと思います。旅行には行く時間があるが歯の治療の時間は無い、なんていう方以外にいらっしゃるんですね。今や完全予約制の治療体制で技工士さんとの連携により、この地域における滞在期間中での完治を目指すなんてことも可能かとも思います。

そして、③「住」の分野でありますが、このはまず空き家対策にもあるとも思いますが、故郷創生というか第二の故郷計画なるものです。要は大都市圏で故郷の無い家族や大都市近郊で地方暮らしを旅行的感覚でやってみたいという、いわゆる大きな意味での体験型でしょうか、その方々の宿泊場所としての空き家の運営は可能だと思っています。ある意味での地域防犯対策にもなるかななどと思っています。また、多少のリニューアルも必要になり建築工事の手はいつも必要になりますし、多少の庭や周辺の環境の整備など細かい工事等の配慮は必要になりますが、別荘やホテルではない、まるで実家に帰ってきたかのよな感覚が味わえる場所の提供、お隣がるご近所がある環境をあえて提供してみるのはどうでしょうか。近所の子供同士が自然に打ち解け、観光地を回るだけでなく、ごく自然な形で地域社会を構成する一員として迎えてみてはどうでしょうか。ここで地域に深くかかわりを持ち、また次回も来たいと思って頂ける様な街づくりを地域から実践できるあらたな契機にもなるものと思います。

この①②③の分野を相互に連結し、たとえば人間ドッグをメインに食事は地元の食材で低インシュリンメニューを提供し、宿泊は地域の中の住宅を・・・、という民泊の発想のもとこうようなことも出来るでしょう。場合によっては、予算によってホテルとの連携もすることもできるでしょう。

民泊は実際地域活性化の契機になりうる材料となっています。釧路館内の事例でも高校の修学旅行生を対象に酪農家に滞在させ酪農を体験してもらうような事例が既にあります。引いては、体験した当事者の高校生のご両親が結果この地を訪れてくれるようになったなどという話を聞きます。

地域に宿泊することで、自然にできるお互いの絆が、結果この地に住みたいと思って頂けるきっかけにもなるのかもしれません。

よく、地域力という言葉を耳にします。いかに地域内での循環型の経済圏(地元でもうけて、地元で使う・投資する)を構築できるかが課題でもあるかと思いますが、今は外の力も借りながら即効性も必要でしょう。しかし、外来型の投資には限界があり、そればかりに注力していると結果地場産業の衰退が著しいものになるケースがよくあります。我が故郷がどうなのか、今ある可能性を最大限に引き出す努力を今からでも始める必要があると思っているのは私だけではないと思います。

そういう観点での「医・食・住」のテーマは、この地域だからこその可能性が大いにあるものと思います。私自身、前述の例は是非実現に向け取り組んでみたいと思います。

2006年12月10日 (日)

「和」

皆さん、今日は釧路にしては大変な雪でしたね。この雪は根雪になりますね。

さて、今日の話題は「」についてであります。茶道と書道でありますが、この日本の伝統に多分に触れる機会から感じものがありきたりとは思いますが「和」であります。

この「和」という言葉から連想するのは人によって異なりますが、「平和」・「融和」・「仲間作り」・「日本的なもの」・「日本本来のもの」などがあります。

茶席に臨むと、作法も知らない私なんかはかなり緊張したひと時にもなりますが、一方では各世代の交流の場にもありますし、更にそれぞれの一つ一つのお道具には謂れや歴史があり、本席では「行く年来る年」をテーマに床には「長楽万年歓」の御軸があり、ここから発せられる言葉の意味は現代の私たちに多分に語りかけるものがあります。また、今日は少々変わったものに接し得られたのは、「一わんからの世界平和」がテーマの立礼席にて世界発のお道具にお目にかかることが出来ました。こうした事は、世界の平和・和平を思わせこの「和」をあらためて連想させるものです。

書道もしかりであります。書の中から伝わる意味というより筆者の思いやその時の感情が文字から読み取ることができます。書道が味わい深いのは、文字が色々なタイプがありそれぞれから異なる感情が伝達されることは言うまでもありません。

終わりに、カラオケの会にも出席したのですが、このカラオケより発せられる言葉(歌)から相手に伝達されるものは、全体の7%しかないのだそうです。その他は何かというと、顔の表情や服装、香り、身振り手振りや舞台の色合い、また声の高低・・・などなど、歌の上手い下手はありますが、観客の皆さんにはその上手い下手以外のものに大いに目を奪われ、耳を傾けるのであります。しかし、カラオケも各世代の交流の場面においては「和」に通づるものであり、今や生涯学習の一つとも言えるカラオケは私にとってもストレス発散のできるものの一つですね。上手い下手は別として・・・。

2006年12月 9日 (土)

「食」

日に日に寒さが増しております。昨日やっとタイヤ交換を済ませたところです。皆さんはもうお済ませですか?

さて、今日は「医・食・住」の「食」と加えて「農」について考えてみます。。

外食先で「牛肉」を食べる機会があった訳ですが、「牛肉」と言えばつい最近までは「牛海綿状脳症=BSE」いわゆる「狂牛病」により国内牛肉の全頭検査や米国からの牛肉の輸入全面禁止措置、このとき豪州産牛肉が店頭に並んでいたのは記憶に新しいところです。

ところで、来年早々日豪間において自由貿易協定(FTA)における経済連携協定(EPA)が正式交渉に入ります。

両国の利益は何でしょう。豪州側にはこの牛肉はじめ乳製品、小麦、砂糖の主要四品目についての関税撤廃とそれによる輸出拡大があります。農水省の試算によればこの四品目の関税撤廃による国内生産の減少額は約8,000億円にもなるとのことです。この影響は農業以外の関連産業にも及び、日本の農業は大きな打撃を受けます。

では、日本側の利益はというと、経産省や外務省の見解によれば資源・エネルギー・食料の安定供給と安全保障を含む外交戦略的関係の強化とのことです。

現実には、すでに資源エネルギー分野の関税はかからないし、EPAがないと石炭や鉄鉱石が輸入できない状況ではありません。また、輸入による食料の安定供給ということは裏を返せば国内の食料自給率が一段と低下することにつながりかねないのです。

世界の自由貿易体制については、そもそも世界貿易機関(WTO)交渉が基軸となっており、EPAはその補完にすぎないのです。既にWTOは食料輸入国と輸出国との間で激しい対立関係にあり、7月に中断したままです。なのにここで日豪二国間において農産物の関税を撤廃することは、このWTOの存在意義が問われることになります。更に米国など同様に関税の撤廃を求められることにもなると思います。

この関税をかけ国内農産物を保護することとは、どういうことなんでしょうか。これは、日本と豪州との単純な農地面積比較でも農業用地面積は89倍、国民一人あたりの農地面積はなんと573倍と豪州が圧倒的に有利な条件であり、この格差はいかに国内農業の構造改革を進めたとしても、埋められないものです。

今、日本の農業は戦後最大の大変革期にあります。平成19年度から導入される品目横断的経営所得安定対策、農地、水、環境保全など保護される対象から自立する強い農業へと生まれ変わるためのものであり、そこに携わる農業従事者も必死に改革に取り組んでいるところです。

このEPA交渉がこのまま進むとすれば、結局今日の農業を犠牲にすると言っても過言ではなく、食料生産基地としての北海道が、更にはふるさとの農業そのものが大きく打撃を受けるだけではなく、農政改革の頓挫や食料安全保障を他国に頼るという日本の安全保障にも関わる問題でもあると思います。

私たちは、安全保障といってもいい食糧自給というものをもっと真剣受け止め、日本の農業を守り、強くするためにこのEPA交渉が安易に進められないよう今こそこの地方からももっと声を挙げる必要があるものと思います。

2006年12月 8日 (金)

はじめまして

本日、といっても開設したと同時にメインテナンスがあり、皆さんへのご挨拶が大変遅くなっておりました。開設早々から・・・、という思いもありますが、気を取り直しあらためてのご挨拶をさせていただきます。

さて、今後 世相・経済・政治など私の思うところをこの場で申し述べさせて頂きたいと思います。

まずは、簡単に私の自己の紹介をさせていただきますと、既にプロフィールにも掲載させて頂いておりますが、1965(昭和40)年生まれの41歳です。これまでの人生ではごく一般的な一通りの経験を踏んで今日に至っていると思っておりますが、では人と少々異なる経験となると強いて言えば代議士秘書でしょうか・・。様々な経験談については以降に譲るとして、政治から3年・ここ故郷釧路から6年離れていたことになります。

では、今ここ故郷に私がいるのは・・・?という問いには今後折々触れて参りますが、唯一言えるのは消え行く人影・変わる街並みを目にするとき、それを遠くでただ手をこまねいているより、今こそ自らのこれまでの経験を活かしうるのではないかとの一心の思いがあること、まずそのことを申し上げたい。この現状を私は看過できなかったのであります。

私の大きなテーマを「医・食・住」と位置づけ(「医」は誤字ではありません)、広がる医療の地域格差や食を取り巻く安心・安全の問題、食育に関する事柄、そしてなにより「誰もが住みよい街」とはどんな街なのかなど、この緊密に繋がりあう「医・食・住」に関して、私たちの身近な問題をとりあげながら、時には天下国家を語ることもあるでしょう。思うがままに申し述べさせて頂きます事をお許し頂ければと思います。

尚、開設時にあたっては当分閲覧のみにて運営をさせて頂きます事を併せて予めご了承下さい。

皆様には、時節柄お酒など飲みすぎのないよう(飲酒運転などないよう)、ご自愛の上お過ごしください。

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